幌尻岳に向かうまで
北海道遠征もいよいよ終盤、90座目となる幌尻岳への挑戦。本来なら幌尻山荘を利用して複数回の渡渉を経てアプローチするのがメジャールートだが、コロナ禍で山荘が営業停止となっている今年、チロロ林道からの日帰りピストンが唯一の手段となった。
標準コースタイム19時間という数字に最初は困惑したが、奥多摩から秩父への25キロ歩行でトレーニングを積んでいた。それでも実際に体験するまでは、この山の真の厳しさを理解していなかった。
2021年7月22日 チロロ林道から日帰りで幌尻岳へアタック

前日の20時頃、チロロ林道終点の二岐沢出合登山口に到着した時の静寂は印象的だった。携帯の電波も完全に圏外で、まさに文明から隔絶された山の入口に立っているという実感が湧く。
今日登る幌尻岳のチロロ林道コースは、標準コースタイムで19時間。山行途中での日没は北海道の奥地では致命的なリスクとなる。夏至から1ヶ月ほど経った7月下旬、日の出は4時10分で日の入は19時10分。登山道に入る前の林道歩きは暗闇でも可能と判断し、まだ夜が明けきらない3時過ぎに出発を決断した。
実際に登ってみた
日程: 2021年7月22日(木) 日帰り 天候: 晴れ
アクセス
十勝岳から下山後、道の駅「日高道の駅」に立ち寄り、セイコーマートで翌日の全食事と水を購入。連休明けの平日とはいえ、北海道屈指の難山への登山口駐車場の空き状況が心配だったため、そのまま現地へ向かった。
チロロの巨石を過ぎてしばらくすると舗装路からダート道へ変わる。ダート道といっても路面はフラットで落石も少なく、意外に走りやすい。途中のゲートで入山届に記入し、登山口の駐車場(約20台収容)に到着した時にはすでにほぼ満車状態。なんとか1台分のスペースを確保し、そのまま車中泊に入った。
地図・標高グラフ
⏱タイム | 🏃距離 | ↗登り | ↘下り |
---|---|---|---|
14:18 | 25.0km | 2,450m | 2,449m |
コースタイム
ルート: 二岐沢出合登山口-額平岳-北戸蔦別岳-戸蔦別岳-幌尻岳-戸蔦別岳-北戸蔦別岳-額平岳-二岐沢出合登山口
- 03:21
- 03:55
- 04:16
- 05:34
- 06:29
- 06:37
- 07:15
- 07:48
- 08:12戸蔦別岳
戸蔦別岳 戸蔦別岳に到達。幌尻岳は目の前まで来ているが、これから200m下って300m登るという、最後の試練が待っている。登り返しの傾斜を見て、正直ゾッとした。
振り返ると、ここまで歩いてきた長い稜線が一望できる。
これから向かう核心部。200m下って300m登る、最後にして最大の難所が目の前に迫っている。
七ツ沼カール 七ツ沼カールの美しさに一時的に疲労を忘れる。ヒグマでも見えないかと探してみたが、さすがに発見はできなかった。
幌尻岳の肩への稜線 ここからの登りが真の核心部。足を前に進める力に加えて、邪魔なハイマツを跳ね除ける力が必要で、普段の登山の2倍は疲れる感覚。
幌尻岳の肩への稜線 ハイマツが本当に厄介で、一歩一歩が重い。全然前に進まない焦燥感と疲労が頂点に達する区間だった。
- 09:26
- 09:58
- 10:56
- 12:09戸蔦別岳
- 12:49幌尻山荘分岐
- 13:25
- 14:02額平岳
- 14:07ヌカビラ岳肩
- 14:43トッタの泉
熱中症と睡眠不足が重なりフラフラになりながらトッタの泉まで到達。あとは下りだけだが、意識が冴えない状態での下山は取り返しのつかない事故につながりかねない。ここで危機管理として、ツェルトを敷いて横になり約1時間の休憩を取った。
- 16:35二岐・二ノ沢出合 天場
- 16:59取水ダム
- 17:39二岐沢出合 登山口
ヘロヘロになりながらも、日没前に何とか下山を完了。14時間18分の長い1日がようやく終わった。
幌尻岳から下山後は日勝峠を越えて帯広へ
下山後は国道274号を東進し日勝峠へ。周囲の車が相当なスピードでカーブの連続を駆け抜けていく光景に、疲労困憊の身にはビビりながらの運転となった。
帯広市に入ってからは北上し、音更町の「健康ハウス木野温泉」へ。ここのモール温泉の黒いお湯に浸かり、ようやく人心地がついた。その後、道の駅おとふけ(移転前の足寄国道沿いの場所)で車中泊。
2021年7月23日 オフ日に史上最大のピンチ
今日は幌尻岳登山の予備日だったが、無事下山できたためオフ日として1日観光することにした。
ホリエモンのロケットで有名なインターステラテクノロジズ社の打ち上げ発射場が帯広南方の太平洋沿岸にあり、Googleマップでマークしていた場所を見に行くことにした。
グリュック王国跡
途中、帯広空港近くの廃墟「グリュック王国」を発見。物々しいバリケードと警告看板に萎縮し、外から眺める程度に留める。

道の駅コスモール大樹で、北海道名物ソフトカツゲン127円/リットルを購入。さすがにリットル飲みは辛かった。
旭浜のトーチカ群
太平洋戦争で米軍上陸を阻止するために建設された数多くのトーチカが、今も戦争遺跡として保存されている。
トーチカ見学のため軽率にも砂浜まで車で下りてしまったのが悲劇の始まりだった。帰路で浜を登ろうとするもタイヤが空回りし、完全にスタック状態に陥る。
偶然ゴミ拾いに来ていた帯広畜産大学のサークルメンバーに助けを求め、車を押すのを手伝ってもらったが脱出できず。最終手段のJAFを呼び、2時間の待機後、さらに2時間の救出作業を経て、7回の牽引でようやく脱出。作業料金28,500円という痛い出費となった。
手伝ってくれた帯広畜産大学の皆さん、JAFのスタッフさんには本当に感謝している。朝11時に到着した砂浜から脱出できたのは夕方16時。軽率な判断を心から後悔した1日だった。
大樹町宇宙交流センター SORA
本来の目的地だった大樹町宇宙交流センターSORAへ到着。コロナの影響で一般開放されていないのは承知していたため、外部からJAXAの格納庫などを見学し宇宙産業の雰囲気に浸った。
種子島でもここでもどこでもいいが、一度は実際のロケット打ち上げを現場で見てみたいものだ。
来た道を戻り、明日のトムラウシ山に近い道の駅しかおいで車中泊。精神的に全く休めないオフ日となってしまった。
下山後の感想
コース状況・危険箇所等
【二ノ沢】 渡渉で靴が完全に浸水するような深い箇所はなかったが、水量の多い時期や天候によっては状況が大きく変わる可能性がある。
【額平岳への登り・下り】 標高差900mの厳しい急登。トッタの泉の存在が本当に心の支えとなる。
【戸蔦別岳~幌尻岳の肩】 200m下って300m登る最終核心部。高低差以上にハイマツが進行を阻む向きで群生しており、通常の登山の何倍も体力を消耗する。
感想・記録
北海道で残っていた百名山4座を制覇する遠征の2日目。十勝岳から下山し、道の駅で食料調達後、電波の通じない登山口で前夜泊。
距離25キロでコースタイム19時間という数字の謎が、実際に歩いて痛いほど理解できた。進路を阻むハイマツと連続するピークが、体力・精神の両面で想像以上の負荷をかけてくる。
登りは6時間半だったが、下りは7時間を要した。正午を過ぎて気温が上昇し、睡眠不足も重なって頭の回転が鈍り、下りに最適な足運びが分からなくなる危険な状態だった。トッタの泉での1時間休憩で心拍を落ち着かせたのは、結果的に安全な下山につながる良い判断だったと思う。
かかった費用と装備
費用は、今回の遠征の中で最初の日本百名山 十勝岳の記事でまとめています。
今になって思うこと
幌尻岳は本来、とよぬか山荘から複数回の渡渉を経て幌尻山荘に宿泊するのがメジャールート。しかしコロナ禍で両山荘とも営業停止となり、今年は登山不可能かと思われた。ところがヤマレコでチロロ林道からの日帰りレコを発見し、ハードな行程だが行けるのはこれしかないと決行に踏み切った。
北海道遠征直前に実施した、幌尻岳を想定した奥多摩~秩父25キロトレーニングが功を奏した。日の出前から日没まで十分な時間があり、意識朦朧となった下山途中でも適切な休憩判断ができたのは、事前準備の成果だと振り返る。
19時間という標準コースタイムの意味を、身をもって理解できた貴重な体験だった。北海道の山の厳しさと美しさを同時に味わえる、忘れられない登山となった。