日本百名山全山踏破 5座目 飯豊山

飯豊連峰 日本百名山
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日本百名山全山踏破を志す以前。1座目から9座目までの山行は、記録に残していません。
記憶に頼って書いた記事なので、間違いや曖昧な部分があると思います。予めご了承下さい。

大学のサークル活動で飯豊山に登る

国公立の大学として当時唯一のコンピュータ専門学科があった、福島県の会津大学へ入学。
そして、サークルとしてアウトドアサークルに入った。他にもサークル入ったり運営したり掛け持ちしていたのだが、高校時代と同じくアウトドア系のサークルが居心地良いらしい。

活動は有志を募って、そのメンバーだけで活動するというゆるいサークル。メーリングリスト上で、飯豊山登山の話がでたので、そこに乗っかって登山した形。参加者は5人だった思う。同じサークルの人に、登山口まで車で送ってもらった。

山行記録

  • 日程:1998年9月4日(金) ~ 1998年9月6日(日) [2泊3日]
  • 天候:曇り

アクセス

行きは、川入温泉にある御沢野営場まで車で送ってもらった。
帰りは、飯豊梅花皮荘バス停から小国駅へ、そこからJR。

地図・標高グラフ

当時のルートをあとから計算したもので、実際の時間、距離等ではありません。

⏱タイム🏃距離↗登り↘下り
19:0932.8km2,596m2,830m

コースタイム

当時のルートをあとから計算したもので、実際の時刻ではありません。

当時書いていたウェブ日記(ブログ)の断片を再構成。

1日目:1998年9月4日

07:30 御沢野営場 – 07:41 御沢小屋跡 – 08:32 下十五里 – 10:08 笹平 – 10:30 小白布沢コース分岐 – 10:32 横峰 – 12:01 三国小屋 – 13:17 切合・種蒔山分れ – 13:22 切合小屋(1泊)

早朝4時30分集合、それぞれパッキングを済まし、車で山都町川入(現:喜多方市山都町川入)に向かう。
途中の林道から、車が揺れることが多くなる。また、先日の集中豪雨の影響か、崖崩れをおこしているところもあった。
川入温泉を通りぬけ川入キャンプ場(現:御沢野営場)に到着、7時過ぎであった。

登山カードの記入、準備体操を済ませ、7時半に縦走開始。天気は曇り。
川入キャンプ場の時点で標高は約580m、ここから地蔵山(1485m)まで一気に登る急坂。約900m登ることになる。
川入キャンプ場の登山口から少し進んだところから急な登りに入る。下十五里(とそれより上にある中十五里、上十五里なども書かれた道標と休憩のためのスペースがある)に入るまでは、森の中で坂をジグザグと高さを稼いでいく感じ。登ってる間は、まわりの木々に阻まれ景色を眺めることはできない。
中十五里を過ぎたあとに水場があるが、そのあたりからは足場が土から変わり石灰岩質の岩となる。岩に水たまりができてるところもあるので注意。
トタンが片隅におかれている横峰小屋跡を通過する。

ここまで登り坂ばかりで「登るのはもう勘弁!」という気分。なので、地蔵山を通過するルートを選ばずに直接三国岳にトラバース気味のルートにする、といってもほとんど両方に差はないとおもうんだけど、なんとなく。
三国岳まで尾根沿いにいくのだけど、ダミーピークがたくさんあった。でも、ここらになってくると雄大な景色が左右に広がるので、楽しみながら登っていた。
しばらくすると剣ヶ峰という切り立った岩場があり、その高さと横から吹く風に緊張する。何箇所か鎖場もある。また、どちらからいけばいいか迷う面があったが、基本的にどこからでもいけるようになってる。
剣ヶ峰の石稜を過ぎると、やっとみえてくるのが三国岳(1644m)。その三国岳で昼食をとり、剣ヶ峰で失った精気をとりもどすと、一気に主尾根を走り抜ける。途中で鎖場もあるが、剣ヶ峰のことをおもえばたいしたことない。ひたすら進む。
さすが主尾根。この高さのためハイマツくらいしか生えてなく、眺める景色を遮るものがなにもない。一面に広がるパノラマの中に、ガスで見え隠れする大日岳(2128m)を西の方角にみつけることができた。
しばらくすると種蒔山(1791m)。ピークを通りすぎ、少し見下ろす感じで切合(きりあわせ)小屋が見える。

14時に小屋に着いた。本来なら、もう少し距離を稼いでもよかったのだが、全員寝不足であったので今日はここに泊まることにする。 休憩をとったあと、テントを設営するため小屋の西側に広がる広場に行くが、風が強いため断念。小屋に泊まることに。
シーズンオフ(7、8月の登山シーズン以外)の小屋の使用は無料でできるらしい。小屋には他のパーティーも2組いたが、小屋自体が2階まであるので、結構な人数まで入ることができるだろう。聞いた話では、この切合小屋はシーズン中に米持参でカレーが出るらしい。こういった稜線の小屋では珍しいサービスだ。
もう小屋に入ってしまうとやるべきことがないので早速睡眠。途中で起きてもよかったが体がそれを許さず、結局16時から朝まで寝ていた(小屋が稜線にあるので少し冷え込みます、十分な防寒着を用意!)。

2日目:1998年9月5日

06:30 切合小屋 – 08:23 一ノ王子 – 08:31 本山小屋 – 08:45 飯豊山 – 09:38 御西岳 – 09:45 御西小屋 – 10:51 御手洗ノ池 – 11:59 烏帽子岳 – 12:45 梅花皮小屋 – 13:23 北股岳 – 14:13 門内岳 – 14:16 門内小屋(1泊)

切合小屋を出たのは6時過ぎ、少し遅すぎたのかもしれない。山の下から視界を悪くするガスが昇ってきていた。ガスが昇りきる前までに飯豊本山(2105m)に着きたいと考え、少し速めのペースで本山を目指す。
露をもった熊笹が道を覆っているので、体が濡れること確実だ。御秘所を過ぎた後に切り立つ石稜がある。その石稜は右手側が断崖絶壁になっており心臓によろしくない。しかし、1日目の剣ヶ峰と比べると道は確かなので、安心して進める。
こうして進んでいても、目の前にあるような本山にいつまでたっても辿り着かない。下から眺めているので、正確な本山の位置がわかりにくいからかもしれないのだが。
細かい岩と石でできたガレのような坂を遠巻きに一通りのぼると、テント場とみられる広場があり、やっと飯豊山神社の鳥居を見ることができた。飯豊山神社と本山小屋はここにあるのだが、実は本山はここではない。もう少し西に行くと、ここより3mだけ高い場所がある。そこが本山だそうだ。
神社から15分、稜線の上を西に向かい本山へ。もうガスはすぐ下まできていた。幸い、到着したときはまだガスが昇りきってなく、360度眺めることができた。山頂は小さく、10人も一緒にいることはできないだろう。
茶色い何かが足元で動いていた。リスのような小動物がそそくさと動いているのだ。TVでみたことのある「プレーリードッグ」にそっくりであった。なんなんだろ?

飯豊本山をあとにして御西に向かう。緑の中に茶色い道がすぅーっと御西岳(2012m)までくねくね続いている。 途中、雪渓が左手側にみえるのだが、全く迫力不足。今年は雪があまり降ってないとのことなのでしょうがない。
小刻みに登り下りを繰り返し、御西小屋が見えてくる。余談だが、この御西小屋までの登山道が福島県の領域なのだ。地図を見てみると、登山道とその周辺の細かい範囲だけが福島県領になっているのがよくわかる。 この御西小屋では、飯豊連峰の最高峰である大日岳(2128m)への分岐がある。しかし、このガスではたとえ大日についたとしても何も見えないだろうと考え、大日行きは断念。小屋の前に誰かのメインザックが3つ置いてあったので、その人たちは大日にサブ行動でいったのであろう。しばらくすると3人のメインザックの主が戻ってきて「何もみえなかった」と。断念してよかったかな(でも、最高峰であるには違いないので登ってみるべきだったかも)。
昼食をとり、出発。

とりあえずは梅花皮(かいらぎ)小屋に向かう。道は稜線にあるのだが、ハイマツが刈り込まれたままで枝が道に散乱していたり、突然で下ってトラバースになったり。おそらく、素直な心の持ち主は迷ってしまうだろう(自分はひねくれてるんで大丈夫)、案外苦労する道だ。だけど、ここだけいろんな花が咲いていたりする。8月にいけば、お花畑が一面に広がるであろう。
途中、天狗の庭という面白そうな所があった。立ち入り禁止で入ることはできないが、遠目に見るとまさに天狗の庭。自然が創り出した公園なのだ。立ち入り禁止なはずなのに人間の踏み跡があり、非常に残念だ。
そこから1時間弱で御手洗ノ池に着く。ちょっと休憩。また1時間かけ烏帽子岳(2018m)。あいにくガスが濃くなり50m先が見えない状態。したがって景色も見えない。
烏帽子岳から200m下ったところに梅花皮小屋があるのだが、ガスで見えない。すると、眼より先に耳が反応「カーン、カーン、カーン」と2000mの高地で似つかわしくない響き。「梅花皮小屋は工事中」とここまでくるまでにいろんな人にきいていた、おそらく工事の音であろう。
予想通りにガスの中から梅花皮小屋が眼下に見えた。小屋は今下ってきた烏帽子岳と北股岳(2025m)の真ん中、鞍部に位置している。凄い位置にあるなぁ、これが率直な感想。 今日はこのテント場で泊まるつもりではあったが、工事の音がうるさい、人が沢山いる、しかもヘリポートでテント場が塞がれている。かといって小屋に泊まるのも宿泊費が必要になるだろう。なので、もう少し先の門内小屋まで行くことにした。
工事のおじさんが薦める小屋の近くの水場で水をいただく、おいしい。かすかに味が付いてる気がするがおいしいことには変わらない。

おいしい水をいただいたあと先を急ぐ。梅花皮小屋から北股岳の坂が異常な斜度だ。ガレっぽいところをひたすら2つの足と2つの手を使い登るのだ。30分もしないうちにグッタリきて、眺めのよいところで小休止。さっきまでいた梅花皮小屋が豆粒くらいになってるのと、改めて小屋が凄い位置にあることを実感。そこから10分経たずに北股岳。ここも展望がよく、今日の目的地である門内小屋が3ピークくらい向こうにみえる。
上がり下りが意外と激しい。1時間くらいで門内岳、少し下った所に門内小屋。西風が激しく、テントは無理だと判断(テント場もなかったような気がする)。門内小屋に入ると沢山の人がいるのと同時にムワッとした温風を感じる。どうにか場所を分け与えてもらい、すぐに夕食。
日が落ちると、西側の窓から夜景らしき光がキラキラ光る。

3日目:1998年9月6日

06:30 門内小屋 – 06:52 扇ノ地紙 – 07:24 梶川峰 – 08:30 滝見場 – 09:05 湯沢峰 – 10:17 梶川尾根登山口 – 10:23 飯豊山荘 – 11:28 倉手山登山口 – 12:01 梅花皮荘

今日の行程は下るのみ。それに昨日のうちに門内小屋にきてしまったため余裕がある。だから、小屋にあったノート(管理人が置いている飯豊連峰の感想書いてください的なノート)を一通り読んだ後、自分も書きこむことにする。じっくり考えて、アイウエオ作文を書きこんだんだが(ノートを置いている管理人の意図と反してると思う)、恥ずかしいのでなにをかいたかはここに書けません。気になる人は門内小屋に立ち寄りましょう。

出発、外に出る。小屋の中との温度差、風の強さ、朝霧に少しずつ慣れながら、まずは少し登り。 梶川尾根に入ると、今まで縦走してきた主尾根の様子がよくわかる。特に烏帽子岳、北股岳の間にある梅花皮小屋が趣さえ感じられる。
少し尾根を進むと右側に大きな大きな谷があり、梅花皮滝とよばれる滝もしっかり見える。谷をはさんだ向かい側にあるため、滝の流れが緩やかにも見える。
それまでハイマツばかりであった周りが大きな木々に変わっていくと、それにつれて下りの斜度がきつくなる。もはや2本の足で下るのは不可能で、所々後ろをむいて慎重に下りるという様子。それが延々と続いているのだ。

急な下りの中で休憩場があった。標識をみると「五郎清水」とある。門内小屋のノートに「五郎清水の水おいしかった」「五郎清水の水で登る活力がわきました」などと書いてあったのを覚えている。よほどうまいんだろう、期待してルートを外れたところにある五郎清水まで下りる。3分程度で着くが、足場が濡れていたり、コケが生えていたりするので注意したほうがよい。確かにおいしい、梅花皮と同じように味があるけどちょっと違う味。
五郎清水で生き返り、再び下る。激しい下りは変わらない。滝見場と呼ばれる谷側にせり出した場所があったりして、また下り。
しばらくすると、突然 登りがあらわれる。体が「下りモード」にしてあったので登りに反応するのは容易ではない。予想外の登りには予想外の疲れが体にとりつく。そして、登りのあとには下りがあるものだ、一段と増した下りをひたすら下る。 眼下に道路なんかが見えたりする。周りにブナが生えてて、鎖場もある最後の下りを下りきると道路にでた。終わった。
透明なエメラルドグリーンの川が流れている、もう入っちゃうしかないでしょ、水はつめたいけど最高に気持ちよかった。

小国駅行きのバスに乗らなきゃならないのだが、それがシーズンオフでは梅花皮荘までしか来ていない。したがって、もうしばらくアスファルトの上を歩くことになった。途中、橋を何度かわたるんだけど、そこからの川の眺めがまたよい。そうして、梅花皮荘に到着。温泉に入ってから帰路についた。

当時の感想

記憶が曖昧なので、なしとします。

費用

この山行では費用を記録していないので、記録なしとします。

今に省みる

大学のアウトドアサークルでは、決して登山がメインではなく、野外で行う活動ならばなんでもOKというスタンス。自分の責任で、自分で計画し、自分で行動する。

ある程度の経済力も手に入れたので、行動範囲がより広がった。1年目の夏には北海道の道南を自転車で旅行したし、2年目の冬には自転車で沖縄一周も成し遂げた。
無限にあった(ように感じられた)大学生活の時間で、見聞を広められたのは今にも役立っている。


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